愛は、受け取るより与えたときに満たされる

人はよく「愛されたい」「わかってほしい」と願います。
でも本当は、その渇きが強いほど心は満たされません。

なぜなら、受け取る愛は、他人任せだから。

相手がくれたら満たされる。
くれなければ欠乏する。
そこにあるのは、安心ではなく依存です。

一方で、愛を与えた瞬間、何が起きるでしょう。

見返りを期待せず、評価を求めず、静かに差し出したとき、不思議なことに、満たされるのは相手ではなく自分自身です。
なぜなら、与えるという行為は、「私はすでに足りている」という意識からしか生まれないからです。

愛は、もらって満たすものではなく、与えたときに、自分の内側で循環し、満ちていくもの。

無条件の愛とは
「こうしてくれたら愛する」
「期待に応えてくれたら大切にする」
という条件が一切ない状態です。
無条件の愛は、相手を変えようとしません。
コントロールもしません。

条件付きの愛とは
「愛に見える取引」です。
・期待通りなら受け入れる
・役に立つなら大切にする
これは愛ではなく、交換条件です。
表面は優しく見えても、内側ではこう囁いています。
「私の望みを満たしてくれなければ、あなたは愛する価値がない」
この愛の中にいる人は、常に緊張し、無意識に失う恐れを抱えます。
そして皮肉なことに、条件付きの愛を与える人ほど、「自分は愛されていない」と感じ続けます。

無条件の愛を与えるとき、私たちは相手の反応から自由になります。
・返ってこなくてもいい
・理解されなくてもいい
・報われなくてもいい
その瞬間、愛は「外」ではなく「内」に立ち上がります。

愛は、奪い合うものではありません。証明するものでもありません。
在り方として差し出したとき、最初に満たされるのは、自分自身なのです。