対話の重要性
「話しても通じない」
「なんでそんな考え方になるの?」
そう感じた瞬間、会話を終わらせたくなったことはないでしょうか。
同じ日本語を使っているのに、同じ出来事を見ているはずなのに、話が少しずつ、ずれていく。
多くの人は、そこで思います。
「この人とは合わない」
「これ以上話すと疲れる」
そして距離を取る。黙る。話題を変える。
同じ意見。同じ感情。同じテンポ。
そこにいると安心します。
説明しなくていいし、誤解される心配もありません。
しかしそれは「共鳴」であって、対話そのものではありません。
対話が始まるのは、え? と立ち止まったとき。
すぐには理解できない。
正直、少しモヤっとする。
できれば、この話題から離れたい。
それでも、席を立たずにいられるか。
相手を変えようとせず、正しさを競わず、「そう考える人が、ここにいる」とそのまま置いておけるか。
ふだんから考える習慣がないと、感情に任せるだけか、思考停止になるかもしれません。
年を重ねると、
「合わない人とは関わらない」
という選択をする人が増えます。
距離を取ることも、合理的な判断です。
しかし、合わないという理由で、思考そのものを停止してしまうのは、別の問題です。
理解できなくてもいい。
結論が出なくてもいい。
重要なのは、排他しないこと。
異なる考えを、なかったことにしないこと。
それが、人を学びへとつなぎ続けます。
動物にも違いを学習する、失敗から行動を変える。という意味での「学習」はあります。
でも人間は、
・理解できない他者を排除せずに保留する
・結論を出さないまま、思考を持ち越す
・不快や矛盾を自覚したまま、内省する
この三点を、意識的にすることができます。
つまり、
「わからないものを、わからないまま扱う能力」
「なかったことにせず、思考の素材として残す能力」
これは、言語・自己意識・時間感覚がそろってはじめて可能になります。
これらは生態系の頂点にいる人間が最も強く要請される能力です。



