正当化という逃げ道
人は誰でも、良い面と未熟な面を同時に持っています。
どれほど良い面が際立っていても、未熟な部分が帳消しになることはありません。
成長とは、良い面を誇ることではなく、自分の未熟さをごまかさず、正面から見続ける姿勢の中で起こります。
「これだけできているから大丈夫」という自己評価は、未熟さに気づく機会を自ら閉ざしてしまいます。
未熟さをなくしていくために必要なのは、自分を責めることでも、否定することでもありません。
未熟な反応や癖が現れた瞬間に、それを正当化せず、静かに認識し、繰り返さない選択を重ねていくことです。良い面で帳消しにしようとせず、未熟さを「まだ向き合う余地のある部分」として引き受け続ける。
この姿勢が、人を確実に成熟へと向かわせます。
この在り方は、どこを切り取っても同じ中身が現れる「金太郎飴」のような姿勢です。
場面や相手によって態度を使い分けるのではなく、常に同じ自己認識と誠実さで立ち続けること。
それが、本来のスピリチュアルな在り方です。
チャネリングや内面と深く向き合うことに恐れを感じる場合、それは能力の問題ではありません。
内側に意識を向けることで、未処理の感情や反射的な癖、未熟な反応が明確になることを、無意識に避けている状態です。
恐れの正体は「何が起きるかわからない」ことではなく、すでに自分の中に存在しているものを認識してしまうことへの抵抗です。
この恐れは問題ではなく、どこに未成熟な領域が残っているかを示す指標です。
そこを正当化せず、静かに見続けることが、内的成熟と、実践的なチャネリング力の土台となります。


